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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)7636号 判決

原告

株式会社赤坂企業

右代表者代表取締役

山田園子

右訴訟代理人弁護士

松田道夫

被告

松下美也子

右訴訟代理人弁護士

中坊公平

飯田和宏

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、平成二年一〇月一日から右明渡し済みまで月額二一万九〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文第一項、第二項と同旨。

第二  事実関係

一  事案の概要

本件は、原告が別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)の一階北側部分である同目録二記載の建物(以下「本件店舗」という。)を被告に賃貸していたところ、本件建物が火災により焼失したとして、原告が被告に対し、主位的に本件店舗の滅失による賃貸借契約の終了に基づき、予備的に解約申し入れによる賃貸借契約の終了に基づき、本件店舗の明渡し及び賃料相当損害金の支払いを求めている事案である。

二  争いのない事実

1  原告の代表者山田園子の実弟である山田司(以下「山田」という。)は、昭和四〇年一一月一三日、被告に対し、本件店舗を飲食店の営業を目的とし、賃料月額六万円の約定で賃貸し、昭和四三年一一月一三日以降は、原告が賃貸人となって、被告に本件店舗を賃貸していた(以下「本件契約」という。)。本件契約は、その後、毎年更新され、平成元年一一月一三日以降の本件契約は、月額賃料二一万九〇〇〇円、期間は一年間との約定であった。

被告は、本件店舗を賃借後、現在に至るまで「キーポイント」の屋号でスナックを経営している。

2  平成二年九月三日午前三時五〇分ころ、本件建物の近隣建物付近から出火した火災が発生し(以下「本件火災」という。)、本件建物の一部分が焼毀した。なお、本件火災の発生原因は不明である。

3  原告は、被告に対し、平成三年一月一七日の本件口頭弁論期日において、本件建物はいわゆる北新地の一等地にあり、防災地域に指定されている関係上、関係官公署から本件建物の焼毀部分の撤去を求められていること、原告は本件建物の跡地に鉄骨造りの賃貸ビルを建築する計画を有していること、本件店舗による賃料のみでは収益が期待できないことを理由に、本件契約を解約する旨の意思表示をした。

三  争点

1  本件店舗は本件火災により滅失したか。

2  原告の解約申入れには正当事由があるか。

第三  当裁判所の判断

一  本件店舗が本件火災により滅失したかという点について判断する。

1  甲第二号証、第四号証、第六号証の一ないし三、第八号証の一ないし二〇、検甲第一号証、乙第一号証、第二号証、第四号証、検乙第一号証ないし第一二号証、証人松浦坦、同山根俊彦の各証言、検証の結果、鑑定の結果(第一回、第二回)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 本件建物は、大阪市北区の梅田新道交差点(東西方向の国道一号線と南北方向の御堂筋が交差する)の南約一二〇メートル、御堂筋から約二〇メートル西に入った幅員約五メートルの東西に走る道路の南側に面しているところに位置し、いわゆる「北新地」と呼ばれる飲食店が密集している街区にある。本件建物付近は、建築基準法、都市利用計画法により容積率一〇〇〇パーセントの商業地域で、かつ、防災地域に指定されている。

(二) 本件建物は、昭和二二年ころに新築された木造瓦葺二階建の建物であり、当初割烹料理の店として使用されていたが、昭和三二年ころ、現在の所有者である山田が本件建物を買い取った後は、クラブとして使用されていた。山田は、昭和三九年ころ、本件建物の一階を三部屋に、二階を二部屋にそれぞれ間仕切りしたうえ、各部屋にそれぞれ出入口を設け、各部屋ごとに電気、ガス、水道の検針ができるようにし、二階の各部屋に外部から直接通じる階段を設置して、一階三店舗、二階二店舗の合計五店舗を賃貸した。本件建物の床面積は、一階約七〇平方メートル(登記簿上62.31平方メートル)、二階約七〇平方メートル(登記簿上38.14平方メートル)の延べ約一四〇平方メートル(登記簿上100.44平方メートル)であった。

(三) 本件火災当時の本件建物の入居状況は、別紙図面一のとおりであり、一階北側部分(本件店舗)を被告が、一階真ん中の部分(以下「一階中店」という。)を増味良子が「おうめ」の屋号で、南側部分(以下「一階南店」という。)を濱浦千代子が「古都路」の屋号で、二階北側部分(以下「二階北店」という。)を坂口美智子が「MSキャビン」の屋号で、南側部分(以下「二階南店」という。)を森本由紀子が「メモリアル」の屋号でそれぞれ飲食店を営んでいた。

(四) 本件火災は、本件建物の南側に接する建物に入居していたスナック「和」及びスナック「寛」を中心とした箇所から出火し、本件建物全体としては、一階部分約一八平方メートル、二階部分約三四平方メートル及び二階天井側壁三五平方メートルを焼損し、一階部分が消火活動による水の被害を受けた。本件建物内の各店舗の被害状況は次のとおりである。

(1) 本件店舗及び一階中店の被害は、煙損及び水損である。基礎部分に大きな破損などは見られず、軸組部分についても、直上二階床組材、間柱、板材類に異状はないとみられる。外壁部分、内装部分、設備回りなどは、煙損及び水損であり、内装部分及び設備回りについては補修、改装を必要とする。

(2) 一階南店は、全て焼失、焼損している。基礎部分は破損・欠損などが生じており、軸組部分は通し柱、管柱、梁桁、小屋組の軸組材が一部焼失し、残存した部材についてもその断面が五〇パーセント以上焼損し、間柱、板材、造作材は全て焼失ないし焼損している。外壁部分は南壁全部並びに東壁及び西壁の幅約二メートル部分が焼失し、原形を見ることができない。内装部分、設備回りなどは全て焼失している。

(3) 二階北店は、その一部が焼損し、煙損及び水損が生じている。軸組部分は天井高を越える軸組材、間柱及び板材類約三五平方メートルが焼損しているが、天井高より下の部分は煙損及び水損を受けただけで残存している。天井は焼失、焼損している。外壁部分は煙損及び水損のみである。屋根部分は屋根自体一部焼け抜け、天井小屋裏全体が焼損している。内装部分は内壁・床が焼損し、一部残存している。雨樋回りは焼損・破損している。

(4) 二階南店は、全て焼損している。軸組部分は北半分の軸組材が焼損・残存し、南半分は全て焼失している。外壁部分は南壁全部並びに東壁及び西壁の幅約二メートル部分が焼失し、原形を見ることができない。屋根部分は屋根および天井小屋組が焼失、焼損して崩壊している。内装部分、設備回りなどは全て焼失している。雨樋回りは焼損・破損している。

(五) 被告は、本件火災後、本件店舗の電気設備部分を自らの費用で復旧し、平成二年九月一〇日より営業を再開した。しかし、本件店舗の階上である二階北店の屋根部分及び天井が焼失、焼損し、また、雨樋回りも破損したため、降雨になれば、雨水が直接二階北店の床に達し、そのまま本件店舗の天井部分から雨露が漏れ出しかねない状況にあった。そして、同月一二日からの降雨、特に同月一三日の集中豪雨により、本件店舗の天井から大量の雨漏りが生じ、さらに、同月一九日の台風一九号による降雨により大量の雨漏りが生じたため、本件店舗の天井クロスが剥がれ、カビが発生し、被告は、本件店舗においてスナックを営業することができなくなった。

そこで、被告は、平成二年一〇月三日、原告を相手方として、大阪地方裁判所に対し、本件店舗の賃借権を被保全権利として、本件店舗の階上の二階屋根部分に亜鉛鉄板による屋根の設置工事及び同屋根下縁に樋の設置工事をすることを求める仮処分を申請し(同庁平成二年(ヨ)第二五三〇号事件)、同裁判所は、同月一一日、被告に二〇万円の担保を立てさせることを条件に右申請を認容する旨の決定をなした。

しかし、原告は右仮処分決定に従わなかったため、被告において、本件店舗の階上の二階屋根部分に仮設の亜鉛鉄板による屋根の設置工事及び同屋根下縁に仮設の塩化ビニール製の樋の設置工事を施して雨露を凌ぎ、現在スナックの営業を続けている。

(六) 本件建物の修復工事をするにあたって再使用部分の有無は、概ね別紙図面二ないし四のとおりであり、各部分については次のとおりである。

(1) 基礎部分

一階南店部分は新設を要するが、本件店舗及び一階中店部分は現況のままで再使用することが可能である。

(2) 軸組部分

一階南店及び二階南店は新材と取り替えるなど部分新築を要する。本件店舗、一階中店及び二階北店は、通し柱(六本)、間柱及び板材類が二階天井高以下の部分で再使用が可能であるが、天井高を越える部分及び天井が焼失しているため、新材による添木補強と補修が必要である。また、本件店舗及び一階中店の直上二階床組材も再使用が可能である。

(3) 外壁部分

一階南店及び二階南店は一部焼失するなど焼損が激しく補修が不能であり、新設を要する。本件店舗、一階中店及び二階北店は再使用が可能である。もっとも、軸組材の補強・補修工事の影響により、亀裂が生じたりする可能性があり、また、塗装は全面的にやり直す必要がある。

(4) 屋根部分

現在、前記のとおり、仮処分決定により、本件建物に仮設の亜鉛鉄板葺屋根が施されているが、本来、瓦葺及び瓦棒葺とも除去したうえ、新設を要する。

(5) 内装部分

本件店舗及び一階中店は、既に改装工事が終わっており、現在、補修は不要である。一階南店、二階北店及び二階南店は、いずれも全てやり直す必要がある。

(6) 雨樋回り

現在、前記のとおり、仮処分決定により、本件建物に仮設の塩化ビニール製の雨樋が施されているが、本来、屋根部分の新設に伴い、雨樋も新設を要する。

(7) 設備回り

電気、給排水及びガスともに、本件店舗及び一階中店は、現在、既に補修がなされているが、一階南店、二階北店及び二階南店は、いずれも新設を要する。

(七) 本件建物の再使用部分を利用して修復した場合の費用は次のとおりである。

(1) 本件建物の再使用部分を利用し、本件火災前と同等の品質を有する材料を用いて修復する場合、まず、残存する通し柱(六本)を二階床上で添木による補強、金物による緊結をし、また、二階梁桁及び小屋組は焼損度に応じて必要な添木による補強、金物による緊結をし、全部の連結箇所の針・釘・金物などを取り替えて軸組を再構成した後、屋根を新設して外壁を補修し、その後内装・設備回りを復旧する工法を採用し、再使用できない箇所は建物新築工法を採用すると、右工事に要する費用の見積額は、約二一二〇万円(一平方メートルあたり一五万六〇五一円)である。もっとも、本件建物の再使用部分を利用して本件火災前と同等の木造瓦葺二階建ての建物に修復するとしても、本件建物は、商業地域、防災地域に所在する飲食店舗の集合建物であることから、大阪市建築課、警察署、消防署、保健所などの関係官公署による規制を受ける可能性があり、その結果、右修復を行うことができない可能性がある。

(2) 本件建物の再使用部分を利用し、現在の建築水準上適当と認められる材料を用いて修復する場合、工法は(1)と同様であり、工事に要する費用の見積額は、約二〇八九万円(一平方メートルあたり一五万四三五二円)である。しかし、この場合においても、(1)と同様、関係官公署の規制を受ける可能性があり、その結果、右修復を行うことができない可能性がある。

(八) 本件建物を新築した場合に要する費用は次のとおりである。

(1) 本件建物の残存部分を全て取り壊し、本件火災前と同等の品質を有する材料を用いて木造瓦葺二階建の建物を新築する場合、その費用の見積額は約三三八八万円(一平方メートルあたり二五万〇三三二円)である。もっとも、原告において、新たに木造瓦葺二階建の建物を建築しようとしても、本件建物が商業地域、防災地域にあるため建築確認を受けることは不可能であり、実際上耐火建築物とする必要がある。

(2) 本件建物の残存部分を全て取り壊し、現在の建築水準上適当と認められる材料を用いて木造瓦葺二階建の建物を新築する場合、その費用の見積額は約三三五一万円(一平方メートルあたり二四万七五九八円)である。もっとも、(1)と同様、建築確認を受けることは不可能であり、耐火建築物とする必要がある。

2  以上に認定した事実関係のもとにおいて、本件店舗が滅失したかという点について判断する。

建物の賃貸借契約において、建物が滅失した場合には、賃貸借の趣旨は達成されなくなるから、これによって賃貸借契約は当然に終了すると解される。建物が火災によって滅失したか否かは、当該建物の主要な部分が消失して、全体としてその効用を失い、賃貸借の趣旨が達成されない程度に達したか否かによってこれを決めるべきものであり、それには、消失した部分の修復が通常の費用では不可能と認められるかどうかをも斟酌すべきである(最一判昭和四二年六月二二日民集二一巻六号一四六八頁参照)。建物のある特定の階層部分や一部屋のみを見たときに、右の基準によってその部分が滅失していないと考えられる場合であっても、建物全体として見たときに右の基準により建物が滅失したと判断される場合には、右の特定の階層部分や一部屋を含む建物全体が滅失したものと解すべきことは当然である。

本件店舗は、本件建物の一部であるが、他の部分とは別の入口を有し、水道や電気、ガス等についても、分岐盤や分岐メーターによって独立に検針がされ、壁によって他の部分と仕切られていて、区分建物の対象となる程度に独立しているとみられなくもない。しかし、このような場合においても、本件店舗が滅失したか否かということを判断するにあたっては、本件店舗のみを対象として前記の基準により滅失したかどうかを判断することは相当でない。すなわち、本件店舗のみを存続させても本件建物全体としての効用に影響を及ぼさない等の特別の事情がない限り、本件建物を全体として見たときに前記の基準により本件建物が滅失したと判断される場合には、本件建物全体の存続を前提とする本件店舗の賃貸借の趣旨は達成されなくなるというべきであるから、右の場合においては、たとえ本件店舗の主要な部分が消失していないとしても、本件店舗を含む本件建物が滅失したと解するのが相当である。そして、本件建物が木造二階建であり、一階に三店舗、二階に二店舗があるという構造であって、本件建物の他の部分とは独立に本件店舗のみの存続を図ることは本件建物全体の効用という観点からみて失うものが大きいと考えられることからすると、本件店舗が滅失したか否かということを判断するにあたり、本件建物の全体でなく本件店舗のみを基準とすべき特別の事情があるということは到底できないものである。

そこで、本件建物を全体として見たときに本件建物が本件火災により滅失したかという点についてみるに、前記認定事実によると、本件建物は昭和二二年ころに建築された木造二階建の建物であって、本件火災当時既に相当老朽化していたものとみられるところ、本件建物のうち、一階南店及び二階南店はその全てが焼失・焼損し、二階北店は天井高を越える部分の柱及び板材類、内壁、床、雨樋回りが焼損しているうえ、二階部分の天井が焼失・焼損して屋根が抜け落ちたというのであり、本件店舗及び一階中店は本件火災による延焼を免れたものの、内装や電気・給排水・ガス等の設備回りの補修、改装が必要であったうえ、本件建物の二階部分の天井が焼失し、屋根が抜け落ちた状態であったことから、雨が降ると本件店舗に天井部分から雨漏りが生じ、仮設の屋根を設置しないと本件店舗でスナックの営業を行うことができない状態になったというのである。

たしかに、本件建物を元どおりの建物に修復するために要する費用は、本件火災前の本件建物と同等の建物を新築する場合と比較していくぶん低額であることは前記のとおりである。しかし、本件建物は、容積率一〇〇〇パーセントの商業地域・防災地域にあり、本件建物を元どおりに修復しようとしても、右の関係で関係官公署からの規制・指導により実際に修復することができない可能性があるというのである。しかも、右の修復には二一〇〇万円前後を要するというのであって、本件建物の床面積が延べ約一四〇平方メートルに過ぎないことからすると、右の費用が通常の修繕費と考えられる費用の範囲を大きく超えるものであることは明らかである。

そして、これらの事情を総合勘案すると、本件店舗を含む本件建物は、建物全体としての効用を失っており、したがって、本件火災により滅失したというべきである。

二  以上に認定説示したところから明らかなとおり、本件契約は、平成二年九月三日の火災により本件建物が滅失して終了したのであるから、被告は、原告に対し、本件店舗を明け渡す義務がある。

三  次に、原告の賃料相当損害金請求についてみるに、平成二年九月三日時点における本件店舗の月額賃料が二一万九〇〇〇円であったこと、被告が平成二年一〇月一日以降本件店舗の占有を続けていることは当事者間に争いがない。

そうすると、被告は、平成二年一〇月一日から本件店舗の明け渡し済みまで月額二一万九〇〇〇円の割合による賃料相当損害金を支払う義務がある。

四  よって、原告の主位的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官佐賀義史 裁判官島岡大雄 裁判長裁判官海保寛は転補のため署名押印することができない。裁判官佐賀義史)

別紙物件目録〈省略〉

別紙図面一〜四〈省略〉

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